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人物月旦

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人口減少に伴うことであろう人手不足。そもそも人が少なくなれば求める人材も不足欠乏する。単純な数合わせすれば仕事の質が落ちていく。普段は気づかずに済んでた個人の能力差をまざまざと見ることになる。労働力としての外国人招聘や移民の奨励は単純な数合わせではないのか。質よりまずは量だと言うかそれとも。文化文明の差異、生活習慣や社会規範の差異による耐えがたい摩擦軋轢衝突を誰が受け入れるのか。と、話は大きくなるのですがここでは卑近な人材不足考を一つ。当医師会は准看護婦養成学校を昭和30年代から運営しているのですが、入学試験の受験者数で世相がわかると言われてます。医療(最近は介護も)従事者指向は世の中の景気に左右されると。つまり不景気な時は増える、景気が良くなると減るのです。当学院でもその差は如実です。定員20名なのですが多い年は60人も応募がありますが、今年は23人でした。もちろん景気だけが律速要素ではないです、上記のようにもともとのパイ(人口)が減れば各業界での取り合いになりますから。そしてそれはつまり人材不足です。粗っぽく言えば玉石混交になります。分母(応募者)が多いと選択できます。少ないと選択の余地がなくなります。定員を割ってでも選べではなく、とにかく埋めろとなります。すれば多くは中途退職(退学)を生みます。結局定員を割るという顛末になることが多い。だから通常はそれを見込んで定員を何人か超える採用(合格)を決めるのですが、当学院だけに限らず最近の県下同業機関の傾向はそれすらままならず(受験者数が定員に満たぬ)、しかも受験者の質の低下、さらにはそれに影響される教員の退離職による運営困難です、現に閉校するところも出てきています。コンビニ業界、ファストフードやファミリーレストラン業界はじめ、どの職種に於いても同じ傾向なのでしょう、質を問うておられない。外人でも、と。いえ、外人さんは言葉や文化が違うだけで仕事能力については日本人と同じことです、優れ者はいくらでもいるのです、上手く使えばいいのですが、ここも安直に流れては後で痛い目に遭うのです。そもそもが人を見る目というのに自信も実績もない者なのですが、役目上受験者の面接をします。これは持論ですが、人は喋らせると頭の中が見えるもんです。いくら虚勢を張っても物知りを気取っても所詮は持っているものか出てきませんから暫く話していると必ず馬脚を現します。お里が知れる。語るに落ちる。面接の場面も同じです。今時何でもネット検索です、面接と入れてクリックすればババっと出ます。入室の際の挨拶、所作に始まって、こう答えましょう、仕草はこうで、お辞儀はこうでと。それは受験者の仕草を見ているとわかります、どこでも教えられるのは同じことなんだなと感心するくらい皆同じような所作動作です。なので生来の天邪鬼とすればマニュアルと違うことを聞いてやろうと思うのです。話し方、言葉遣い、内容、表情、会話の面白さ等々ポイントは多くありますが、内容云々よりもやはり会話相手としての質ですかね。品の良さと言うか。 そして顔の造作。美醜ではなくて品の上下、目力。目は口程に物を言うのですが、誰かが言うてましたが本を読んでいるかどうかは顔を見ればわかるそうで、にじみ出る聡明さってのは確かにあるでしょう?この感覚わかっていただけましょう。会話相手をしてではなくて選択目的で、比較目的で話をするというのは通常にはないことで、そういう意味ではこちらも構えてしまうのですが、できるだけ普通の会話を倣って相手の用意してきたマニュアル通りの模範解答以外を引き出してやろうと搦め手から攻める。何人かで慣れて来るとこちらも面白くなってきて、相手の仕草を観察する余裕も出てきて、ああ各人癖があって面白い事じゃのうと見てました。こういう経験は貴重なことですが、持論の正しいことを再確認もしました。少し長く話せば必ず地金が見える。会話の間の所作動作、言葉遣い、会話の運びは育ちがそのままに出ます。お里が知れます。もっと言えば頭の中が見えます。向こうは失敗しないように暗記してきた模範解答を繰り出してくる、こちらはその奥にある本音本質を探りたい。こういう場面も面白いのですが、なんだか嫌なもんです。優秀な人材を選びたい。こんな短時間の会話でピタりとわかるはずもないですし、事実入学後に問題が露わになることは二度三度ではありません。でも、筆記成績だけではいけない、せめて顔を見て喋って見てという言い訳です。何度か経験して思うことは、歌の文句じゃないですが被検者の着てきた鎧の下の柔らかい部分を見ることなのでしょう。調べようという計らいによってではなくて自然に出てくる形で。もう試される側には回りたくないですが、これも人生の道すがら、潜らねばならぬ門ではあります。何度か渡ってきた橋をまた別の人が渡る。それを見ているわけです。



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人口減少に伴うことであろう人手不足。そもそも人が少なくなれば求める人材も不足欠乏する。単純な数合わせすれば仕事の質が落ちていく。普段は気づかずに済んでた個人の能力差をまざまざと見ることになる。労働力としての外国人招聘や移民の奨励は単純な数合わせではないのか。質よりまずは量だと言うかそれとも。文化文明の差異、生活習慣や社会規範の差異による耐えがたい摩擦軋轢衝突を誰が受け入れるのか。と、話は大きくなるのですがここでは卑近な人材不足考を一つ。当医師会は准看護婦養成学校を昭和30年代から運営しているのですが、入学試験の受験者数で世相がわかると言われてます。医療(最近は介護も)従事者指向は世の中の景気に左右されると。つまり不景気な時は増える、景気が良くなると減るのです。当学院でもその差は如実です。定員20名なのですが多い年は60人も応募がありますが、今年は23人でした。もちろん景気だけが律速要素ではないです、上記のようにもともとのパイ(人口)が減れば各業界での取り合いになりますから。そしてそれはつまり人材不足です。粗っぽく言えば玉石混交になります。分母(応募者)が多いと選択できます。少ないと選択の余地がなくなります。定員を割ってでも選べではなく、とにかく埋めろとなります。すれば多くは中途退職(退学)を生みます。結局定員を割るという顛末になることが多い。だから通常はそれを見込んで定員を何人か超える採用(合格)を決めるのですが、当学院だけに限らず最近の県下同業機関の傾向はそれすらままならず(受験者数が定員に満たぬ)、しかも受験者の質の低下、さらにはそれに影響される教員の退離職による運営困難です、現に閉校するところも出てきています。コンビニ業界、ファストフードやファミリーレストラン業界はじめ、どの職種に於いても同じ傾向なのでしょう、質を問うておられない。外人でも、と。いえ、外人さんは言葉や文化が違うだけで仕事能力については日本人と同じことです、優れ者はいくらでもいるのです、上手く使えばいいのですが、ここも安直に流れては後で痛い目に遭うのです。そもそもが人を見る目というのに自信も実績もない者なのですが、役目上受験者の面接をします。これは持論ですが、人は喋らせると頭の中が見えるもんです。いくら虚勢を張っても物知りを気取っても所詮は持っているものか出てきませんから暫く話していると必ず馬脚を現します。お里が知れる。語るに落ちる。面接の場面も同じです。今時何でもネット検索です、面接と入れてクリックすればババっと出ます。入室の際の挨拶、所作に始まって、こう答えましょう、仕草はこうで、お辞儀はこうでと。それは受験者の仕草を見ているとわかります、どこでも教えられるのは同じことなんだなと感心するくらい皆同じような所作動作です。なので生来の天邪鬼とすればマニュアルと違うことを聞いてやろうと思うのです。話し方、言葉遣い、内容、表情、会話の面白さ等々ポイントは多くありますが、内容云々よりもやはり会話相手としての質ですかね。品の良さと言うか。 そして顔の造作。美醜ではなくて品の上下、目力。目は口程に物を言うのですが、誰かが言うてましたが本を読んでいるかどうかは顔を見ればわかるそうで、にじみ出る聡明さってのは確かにあるでしょう?この感覚わかっていただけましょう。会話相手をしてではなくて選択目的で、比較目的で話をするというのは通常にはないことで、そういう意味ではこちらも構えてしまうのですが、できるだけ普通の会話を倣って相手の用意してきたマニュアル通りの模範解答以外を引き出してやろうと搦め手から攻める。何人かで慣れて来るとこちらも面白くなってきて、相手の仕草を観察する余裕も出てきて、ああ各人癖があって面白い事じゃのうと見てました。こういう経験は貴重なことですが、持論の正しいことを再確認もしました。少し長く話せば必ず地金が見える。会話の間の所作動作、言葉遣い、会話の運びは育ちがそのままに出ます。お里が知れます。もっと言えば頭の中が見えます。向こうは失敗しないように暗記してきた模範解答を繰り出してくる、こちらはその奥にある本音本質を探りたい。こういう場面も面白いのですが、なんだか嫌なもんです。優秀な人材を選びたい。こんな短時間の会話でピタりとわかるはずもないですし、事実入学後に問題が露わになることは二度三度ではありません。でも、筆記成績だけではいけない、せめて顔を見て喋って見てという言い訳です。何度か経験して思うことは、歌の文句じゃないですが被検者の着てきた鎧の下の柔らかい部分を見ることなのでしょう。調べようという計らいによってではなくて自然に出てくる形で。もう試される側には回りたくないですが、これも人生の道すがら、潜らねばならぬ門ではあります。何度か渡ってきた橋をまた別の人が渡る。それを見ているわけです。

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